合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

シェーンベルク「浄められた夜」は美しい音楽への別れのラブレター

きょうは37.5度の熱が出て午後は半休をとったのでもう寝ようと思いながらもアレやってなかったので起きて書くことにします。スコア(総譜)ってブックに入るんでしたっけ? #ブックカバーチャレンジ

在宅勤務も2ヶ月半を超えた今日このごろですが、今年1月にふと「自宅でもっと仕事しよう」ということになり、デスクもチェアも買い換えました。部屋の模様替えもして本を100キロほどサマリーポケットに預けたので、紹介したい本が手元にない状態ですが、その代わり掃除によって棚の奥から出てきたものがあります。

アルノルト・シェーンベルクの「浄められた夜」(Verklarte Nacht)のポケットスコアはその際の戦利品のひとつ。個人的には、この世にひとつだけ楽譜を残すとしたら何か、と訊かれたらこれと答えたいほど愛着があります。

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アルノルト・シェーンベルク「浄められた夜」

この曲は19世紀の終わりも終わり、1899年に彼の作品4として書かれたものですが、ここに19世紀音楽の真髄と20世紀音楽の萌芽が詰め込まれていると思えてなりません。

シェーンベルクは現代音楽の祖、不協和音の神様みたいに思われているかもしれませんが、「浄められた夜」はもうロマンティックの極地、ドロドロの甘々です。

リヒヤルト・デーメルの同名の詩をベースに書かれており、ネットを検索すればヒットしますけど、詩の内容を超訳すると「私のお腹には赤ちゃんがいるけどあなたの子ではありません」と告白した女に、男が「それ僕らの子として育てよう」と言って赦して月夜を歩いていく(笑)という、要するに世紀末ウィーンです。

シェーンベルクはこの曲の10年後に無調に突入、1920年代に入ると十二音技法を確立するなど西洋音楽史の新しい扉を開くわけですが、なぜそのようなことに至ったかというと、この曲でロマンティックをすっかり書き尽くしてしまい、その先も創作を続けるにはあのような手法を採らざるをえなかったに違いないと思えるほどです。

逆に言うと「浄められた夜」は19世紀までの幸せだった音楽への熱烈なラブレターであり、最後の逢瀬で別れを告げながらあらゆる調性をベタベタに味わっているように見えます。

別れたくないのに別れなければならないと、頭のてっぺんから脚のつま先まで調性を変態的に愛撫しております(笑)。スコアを見ると、♯6つとか♭5つみたいな箇所もあるんですが、

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#6(変ホ短調)から♭5(変ロ短調)へ

どんどんエスカレートしていくと頭の調性記号がなくなり、音符に臨時記号がバンバンついて小節ごとに転調を続け、半音階的フレーズの先で調性がグズグズと溶けていく様子が分かります。

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複雑な感情の動きは既存の調性の枠には収まらない

それがSehr Breit und langsam(とてもゆったりと遅く)のところで、ふと我に返ったように賛美歌のようなニ長調のドミソの和音を奏でるのです。この世界にはもう二度と戻れない……。なんと美しく悲しい瞬間でしょう!

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新ウィーン楽派はなぜかコラールが大好き

なお、YouTubeで“Sehr Breit und langsam”で検索すると結構ヒットします。

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(なおニ長調とはJ.S.バッハのいわゆる「G線上のアリア」と同じです)

ところでこの曲は10代のころからいろんな演奏で聴いているのですが、昔はLPやCD1枚に2800円といったお金を払わないと新しい演奏が聴けませんでした。それがいまはYouTubeで世界中の最新ライブ演奏が聴けて、本当にいい時代になったと思います。

最近お気に入りなのは、ノルウェー室内管弦楽団の指揮者なしの演奏です。とはいえ各人の自発性に委ねられているというよりかは、コンサートマスターが要所をコントロールしているようです。

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個人的に最も聴いたのは、ピエール・ブーレーズがドメーヌ・ミュジカルを指揮して1960年代に録音した六重奏版(弦楽合奏版が有名だけどこちらの方がオリジナル)で、たった6人のために指揮をしているところはノルウェー室内管とは対照的です。

そういえば「浄められた夜」の後に、シェーンベルクが移行した十二音音楽がどういうものか、例を示しておいた方がいいかもしれませんね。

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