合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

公衆衛生vs.個人の自由 in 鴨川

いまだSNSではコロナ対応についてあちこちで議論とも呼べないような諍いが続いているが、それは社会全体での感染者数や死亡者数を限りなくゼロに近づけようとする「公衆衛生」のスタンスと、「個人の自由」を最優先する思想とが矛盾するから起きているものが多いように見える。

それぞれを単独で見れば正義には違いないが(人間には愚行権すらある)、両者は並び立たない。その矛盾を意識的にないものとしているのか無意識でやってるのか知らないが、隠蔽してそれぞれが自分こそ正義だと主張するから血みどろになる。「我々の主張は同時には実現し得ない矛盾がある」とちゃんと確認してから話をすべきだろう。

明治時代にコロナが流行ったとき、公衆衛生の立場から活動していた医師が村人に惨殺される話を聞いたことがあり、遠い昔のことのように感じていたが意外とそうではないのかもしれない。

…などということを思い出しながら、それっていったいどこの話なんだろうと検索してみたら、なんと鴨川だった。それもうちから少し海に行った亀田医療大学のグラウンドから加茂川を渡ったところに記念の碑が建っているというので、早速行ってみた。


f:id:putoffsystem:20230515103731j:image

その名も「烈医沼野玄昌先生弔魂碑」と記された石碑は汚れもあって読みにくく(それでも最近掃除されたようだが)、その場でこの事件を書いた吉村昭の「コロリ」という小説をダウンロードしてKindleで読んでみたら、聞き覚えのある地名がたくさん出てきたうえに暴行の描写が思ったより凄惨で、かつ碑が建っている場所が遺体が流れ着いた場所ということが分かって震え上がった。

エピソードを簡潔に聞くと医師を殺した漁民たちの愚かさだけが頭に浮かんでしまうが、小説でも描かれているのは(個人の自由との対立ではないものの)やはり価値観と価値観との矛盾する対立で、この玄昌という医師はコレラ以前にも様々な形で近代的な価値観を村に持ち込もうとしては問題を起こしてきた人だったというのが興味深い。自分の行いを振り返りながら生まれた時期が悪かったら多分何度か惨殺されてたな、などと感慨に耽ってしまった。

今のところ鴨川の人たちは非常に穏やかでいい感じの印象しかないし、昔からきっとそうなんだろうと思うけど、そういう人たちでも置かれた状況によってはこうもなるんかなと思いました。「コロリ」おすすめです。


f:id:putoffsystem:20230515103822j:image