合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

わたしたちの幾星霜(コマエンジェル)

高円寺で終電すぎまで飲み、タクシーで帰ろうと思ったら、環七が年度末の駆け込み工事で渋滞していた。Google Mapで検索すると、このまま道をまっすぐ2時間ほど歩けば、自宅にたどり着けることが分かった。

考えごとを整理するには丁度いい時間だと思いながら歩いていると、コマエンジェルのミワティからメッセージが届いた。今回のアンコール公演に向けて、連日夜中までいろんな準備をしているのだろう。

2017年4月21日(金)と22日(土)の公演チケットは、ほぼ捌けたとはいえ、まだ少し残っているという用件である。もったいない話だ。彼女はこの貴重な残りチケットを、

ただ数を集めて席を埋めるのではなく、ちゃんと刺さる人たちに届けたい

という。公演に向けた熱い思いが伝わってくる。

さて、どうしたものか。何か自分にできることがあるのだろうか――。そう考えながら深夜の住宅街を歩いているうちに、ふと「あの文章」のことを思い出した。

昨年9月に狛江エコルマホールで、のべ1000人以上の観客を集めた「幾星霜」の初演パンフレットに、ミワティが寄せた文章である。1400字あまりだが、ここに書き写してみることにする。

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「わたしたちの幾星霜」コマエンジェル代表・ミワティ

電車の中で若い女の子たちが、40代を「オールドピーポー」と称して話していた。私もいつの間にか古い世代になっていたんだと、軽い衝撃を受けた。

「オールドピーポー、何もわかってないよねー」的な話で盛り上がる女の子たち。

私も昔は同じだった。オバチャンは生まれたときからオバチャンで、老人は生まれたときから老人であるかのように思っていた。鈍臭くて、何も知らない。自分の方がよっぽど色んな経験を積んでいるかのように。

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私は心の中で、女の子たちに言う。オバチャンだってね、恋だってオシャレだって仕事だって、そりゃあ輝かしい時代があったのよ。ディスコに行けばVIP席に通され、原宿を歩けばモデルを頼まれ、自分を特別なんだと錯覚していた時代が。

みんな、君たちと同じ「自分最盛期」だった。「母」になる前までは――。

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仕事よりも愛を選んだ結果、母となってからの生活はこれまでとは真逆となった。メイクもオシャレもする時間はなく、眠いときも眠れず、食べたいときに食べられない。

若い頃の付き合いも途絶え、ただただ子どものために生きた。仕事を続ける友人を羨ましく思い、若い頃の自分に思いを馳せたりもした。

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がむしゃらなうちに子どもは成長し、思春期を過ぎて、いつの間にか娘は、私が夫と出会った歳になっていた。

子どものことを一番に考えて過ごした何千日。プライドも羞恥心も捨てられた。怒りも悲しみも飲み込めるようになった。いつが転機だったというきっかけはない。積み重ねた一日一日が、私を「人の子」から「人の親」にさせてくれた。

気づくと、母の世代を見る目が変わっていた。ただのオバチャンだった母の世代。「オバチャンは何も分かっていない」――それはそっくりそのまま、幼すぎた自分だったのだ。

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今、当たり前にできていたことができなくなった母を見るたびに、私は母の人生を思う。

母にも、若い頃があった。厳しい時代に生まれ、熾烈な時代を生き、美しく輝く時代もあった。恋をして、命を繋ぎ、女性が不遇の時代に仕事をしながら子どもを育てた。

やがて巣立つ子を見送り、娘を嫁がせるときには母親の底力を見せつけた。孫を愛おしみ、それでもいつも娘である私を心配して生きてきた。老いゆく己と向き合い、それを受け入れる現在の母。

誰もが今の母を見たなら、ただのボケ老人に映るだろう。でも母の人生は、「今」の下に深く眠っている。母だけではない。すべての先人や先輩たちは、私の比ではないほどに幾多の経験をし、人生を闘ってきた歴戦の古豪なのだ。

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私も歳を重ねた。しかし、衰え始めてわかることがある。気付きやひらめきではない。幾星霜を重ね、降り積もるように、人生が私に教えてくれたこと。間違いなく、若かった私には至れなかった思いがある。

人は老いると、色んなものを失っていく。美しさも思考力も、動いた体も。聞こえていたもの、見えていたものさえ、無情にも失われていく。

忘れたくない記憶も失い、最後に残るものは何なのか。きっとそれは、残された者が引き継ぐ壮大なストーリー。そうやって、人の人生は完成されていくんだろう。

それぞれの幾星霜の重みを、いつかあの女の子たちも知る日が来る。ひとつひとつ、失われるたびに得る大事なものを積み上げて、いい女になりなさいとつぶやく。

私もまだ、歳だけは立派な小娘だ。重ねたそれぞれの時代が、すべて自分の最盛期だったと、最後に目を閉じるときに微笑んでいたい。(了)

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 ――以上が昨年9月の「幾星霜」のパンフレットに掲載されていたミワティの文章だ。今回は、この伝説の公演のアンコールの声に答えたものだから、届けたい人へのメッセージとしてこんなにふさわしいものはない。

念のため確認すると、「幾星霜リターンズ」は、2017年4月21日(金)の19:30開演分と、4月22日(土)の13時開演分、17時開演分の3回。場所は労音R'sアートコート(東京・大久保)だ。

もう再演の予定はないそう。ひとりの観客としては何度でも見たいけれど、彼女たちも限界を超えているので休ませてあげたい。

それぞれの母へ、それぞれの子へ。あの日少女だった、すべての女性に、感謝と尊敬を。

「女性が輝く社会」が叫ばれる一方で「主婦」という言葉が謂れなき蔑称のように扱われている昨今だが、「主婦集団」という肩書きを誇りに暴れまくるコマエンジェルたちの勇姿を、ぜひその目に焼き付けていただきたい。

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