合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

ぼくのかんがえたさいきょうの「朝日新聞」改革案

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あるメディアから連載の依頼があったので、サンプルとして提出したら、「サイトのスタンスとしてリベラル、安倍政権批判みたいなところは一貫させたい」ということでボツになった原稿を掲載します。

先日、朝日新聞社の鮫島浩氏がツイッターでこんな投稿をしていました。新聞が抱える根深い問題に言及していて興味深かったので紹介します。

 

ずいぶん大衆迎合的なメディア観です。大手マスコミには、本当は大衆が直面したくないことでもキッチリと論じる責務があったはず。しかしその実力も挟持も、今ではすっかり失われてしまいました。

このままでは伝統的マスメディアの価値は、跡形もなく崩れ去ってしまうでしょう。そこで今回は“ぼくのかんがえたさいきょうの「朝日新聞」改革案”と題して、朝日を含む大新聞がどう姿を変え遺産を後世に引き継げばよいのか、アイデアを出してみます。

日本の大新聞は「高級紙」ではない

まず確認しておきたいのは、「日本の大新聞はクオリティペーパーではない」ということです。クオリティペーパーとは日本語でいえば「高級紙」。エリート階層を読者とする、質の高い情報を載せる新聞を指します。

実は朝日新聞は、かつてクオリティペーパーを自認していた時期がありました。読売新聞や毎日新聞とともに「朝毎読(ちょうまいよみ)」などと呼ばれていたこともあったそうです。いまの若い人たちは知らないですよね。

そんな朝日新聞がなぜクオリティペーパーではないかというと、部数が多すぎるからです。世界新聞協会による「発行部数ランキング」では、読売新聞が910万部で世界一。朝日新聞はこれに次ぐ2位で662万部です(毎日新聞は316万部で6位)。

ja.wikipedia.org

部数が少なければ質が高いとは言えませんが、有料購読部数が多ければ大衆的になるに決まっています。部数を維持するためには購読者が理解できる内容にまで下げる必要があり、下げた読者層にも支持される扇情的な作りにしなければなりません。

高度成長期の国民世帯の大半をカバーするために「ほどほどの中身」にして、購読料と広告収入を最大化するのが朝毎読のビジネスモデル。その実態は新聞記者のエリート意識とはかけ離れた「大衆紙」そのものだったのです。

専門性の低い「大衆目線」の記者たち

大手新聞がいかに大衆的であるかは、記者を見ても分かります。取材を受けたことのある方ならご存じと思いますが、新聞記者は二言目には「もっと分かりやすく説明してくれませんか」「ひとことで言い表せないでしょうか」と促します。

ひどいときには、こんなふうに怒鳴られます。

「そんな細かいことはいいんです!」
「読者はねえ、そんな複雑なことは理解できないんだよ!」

そしていくら丁寧に説明しても、新聞には正確性が犠牲にされて短く丸められた文章しか載りません。紙面の制約もありますが、多くの新聞記者には専門性はなく、なんでも書くことになっているので、他人の話を聞き書きするものの、自分で勉強して知識を蓄えたり分析したりできない人が多いのです。

それを彼らは「読者目線」と宣いますが、虚しい言い訳でしかないのは読者がよく知っています。かのSTAP細胞騒動では、大新聞の記者やデスクに「怪しい」と思える感覚はなく、愛用の割烹着やアクセサリーの紹介といった大衆の関心を惹くアプローチしか採れなかったのです。

dot.asahi.com

いまだにこんな無様な記事をよく公開してますよね。ある意味で潔いです。

部数と大衆性の話に戻れば、人口が日本の2倍近くいる米国で名が売れている新聞は、例えば「ウォール・ストリート・ジャーナル」が238万部、「ニューヨーク・タイムズ」が213万部と、朝日新聞の3分の1程度の部数しか発行していません。

そういった本物の大都市型クオリティペーパーに、小保方さんの割烹着の話なんて書いたら、「なあ…そんなこと読むために高いカネ払ってるんじゃねえだろ?」と読者から叱責され、信用を失ってしまうことでしょう。

「処理水は海へ」と言える高級紙を

果たして日本には「クオリティペーパー」は必要ないのでしょうか。私は必須だと思います。社会をけん引する当事者たちが的確な判断をするためには「政策、科学、テクノロジー」に関する正確で客観性の高い最新の情報を提供することを柱としたメディアが必要だからです。

自分は安全地帯にいながらもっぱら執行側に因縁をつけ、足を引っ張ることで庶民のガス抜きをして儲ける大衆紙の、バイアスのかかった情報では役に立たないのです。

例えば、福島第一原発の敷地内で保管している、いわゆるトリチウム水(処理水)について、科学的な根拠をもって「薄めて海洋放出すべきだ」と堂々と論じる新聞が必要だと思います。

除染で出た除去土壌も、放射性物質の濃度を見ながら「再利用できるものはすべきだ」と主張する新聞が、本当は日本社会に存在すべきなのです。

しかし現状の朝日新聞は「大衆紙」ですから、科学的根拠より、大衆の感情に寄り添うことを優先せざるをえません。

www.asahi.com

このように「高級紙のような顔をした大衆紙」が、大衆に振り回され、政治や行政に多大な悪影響を与える状況を何とかして変えなければなりません。

民主主義は、放っておけば対外的にはナショナリズムに、国内ではポピュリズムに陥ります。しかし日本には、多数決では解決しない問題が大きく立ちはだかっています。

これに立ち向かうために必要なのは、冒頭の鮫島氏が否定した「誰にも寄り添わない上から目線」から物事を見る勇気です。大衆紙の世界に浸かった鮫島氏は、そのような報道は「誰からも無視される」と言っていますが、社会のニーズを甘く見すぎです。

ブロックチェーンやAIなどに関する新しいテクノロジーは長期連載で正確にていねいに紹介し、STAP細胞の怪しさにはいち早く気づいて欲しい。「改竄」を「改ざん」と表記したり「自家薬籠(じかやくろう)中」にふりがなを振ったりする表記ルールも、おざなりな両論併記も無用です。

まともな新聞なら月1万円出してもいい

まとめると、“ぼくのかんがえた最強の「朝日新聞」改革案”は以下の3点になります。何卒ご査収いただけましたら幸いです。

1.高級紙「朝日新聞プレミア」を創刊

購読料は月1万円超。コンセプトは「誰にも寄り添わない“上から目線”のクオリティペーパー」。購読料中心で運営し、編集部の独立性を堅持します。

スポンサーにも読者にも時の政府にもおもねらず、中長期的な日本社会の持続可能性を中立的に見るスタンスを守ります。終身雇用ではなく、高給の契約制や寄稿制で働いてもらうのが理想でしょう。

2.鮫島氏は独立して「日刊サメジマ」を運営

多様性の名の下に「報道の自由で結束しつつ個性を競う」「自ら率先して社会像やジャーナリズム論を語り読者を獲得していく」ことを志向している鮫島氏。でも、そんなこと大新聞でやられてはたまりません。

ブログメディアか、オンラインサロンのプラットフォームを会社が準備してあげて、独立して好きにやってもらった方がお互い幸せだと思います。

3. 残りの記者で「朝日新聞」を発行

「プレミア」に行けず独立もできない記者は、広告モデルの「高齢者向け大衆紙」朝日新聞で、既存の読者と一緒にできるだけ長く生きていくことを目指してはいかがでしょう。何年もつか分かりませんが、他の全国紙や地方紙と販売網を共有するなどしながら、計画的なソフトランディングをていねいに進めることには意味があると思います。

幸い朝日新聞社は、メディア事業の収益性を大きく上回る不動産事業をお持ちです。足りないのはカネではなく、新しいコンセプト。いまの「朝日新聞」をどう延命するかだけでなく、日本の将来を見据えて必要なメディアは何かということを、ぜひとも考えていただきたいと願ってやみません。

2019.4.11 追記