合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

とにかく短い本を書く、そして大した内容でなくても高く売る

肺がやられたせいか、横になっていると咳が出るので、しかたなく椅子に座っている。退屈なのでKIRINJIについてブログとか書いていたが、それも飽きて弱っていると、ふとコロナ前に買った本があったことを思い出した。

岸波龍という人の「本屋めぐり」という、どこの出版社から出ているのかもわからない薄い本で、常盤台のIさんの店頭に並んでいた。ビニールできっちり封がしてある。

立ち読みもできないのか。度胸あるなと感心し、とりあえずレジに持って行ったところ、店主が「あ、ありがとうございます。千円です」とややどもった(ように聞こえた)。言葉の響きから、その金額に値しないかもしれませんけど、いつも毎度申し訳ないです、といったニュアンスを感じた(ただの思い違いかもしれない)。

封を開けてみると予想以上に薄っぺらくて、50ページしかなかった。内容は文字ばかりで、それもスカスカに組んであり、23文字×13行ほど。一ページ300字、最大でも一冊1万5000字ということになる。

普通の新書だと10万字くらいからあるので、10分の1程度の文字数しかない。内容は、自分のお気に入りの本屋を回っているだけの話で、大したものはない(いや、これは明らかに言い過ぎで、たとえば地方から上京して本屋めぐりをしたい人には便利なガイドブックになるかもしれない)。

表紙の下手な絵(この言い方にも棘がある。決して上手なレベルではないが味があるという言い方もあるかもしれない絵)も、自分で描いたようだ。立ち読みしてたら買っていなかったな(これは事実かな)。

これであっさり新書以上の価格をつけるのだから、かなり効率がいい商売ではないか。

……そうか、この手があったか。

筆者の名前を検索してみると、noteがあった。ななめ読みしていると、高3の初めての模擬試験で偏差値28をたたき出したことのある、現在30代後半の社会人の男性らしい。

本屋を営む祖父が本の配達中に熱射病で亡くなり、祖母もどういう形かはわからないが「あとを追い」、残された多額の借金のために母の兄が自己破産したとある。

それなのに、この人が「将来的に、本屋をやってみたいと考えています」という。それも、私家版の詩集を仕入れて売る本屋だと…。ゴーゴリかよ!

そして、埼玉の西武池袋線の沿線で物件を探しているという。できれば練馬区くらいがいいんだろうけど。まあ、とりあえずそれはいいとしよう。

それにしても、1万字ちょっとで本を出してしまう度胸がすばらしい。そもそも、ほとんどの本の欠点は「長すぎること」だ。10万字以上というフォーマットを埋めるために、後半はたいがい薄めたように内容がしょぼくなっていく。

蓮實重彦先生も「短すぎる失敗作というものは存在せず、失敗作のほとんどは、きまって長すぎる作品」と言っていて、三宅唱の「きみの鳥はうたえる」を、

上映時間があと七分半短ければ、真の傑作となっただろう。

と評していた。

kangaeruhito.jp

とにかく短い本を書く、それも大した内容でないものを高く売るというのは、意外といいアイデアかもしれない。

※大した内容でない、というのは語弊がある。「本屋めぐり」には美文などないが、濃い鉛筆でガリガリとデッサンしているような、本質に迫ろうとする簡潔な文章がある。

liondo.thebase.in