合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

キリンジの「これは絶対に聴いておきたいTOP10」を作ってみる

この間、「冠水橋」についてブログを書いたら意外と読まれたので、お盆休みで暇をもてあましている人が多いのではと思い、無粋にも「これは絶対に聴いておきたいキリンジTOP10」を作ってみようと思う。異論は認める。

ちなみに背景としては、90年代の初頭にはすでに社会人になっていて、嫌なことも嫌なこともキリンジに支えてきてもらった世代によるランキングである。読者とは当然違うラインナップだろう。

 

1.野良の虹

キリンジとは何か。いろんな見方があるだろうが、私は「兄が作ったエロい歌を、歌のうまい弟に無理やり歌わせるプロジェクト」と解している。なので1曲目として挙げるべき曲は、

「女の子のヒップは白くて冷たい」

で始まるこの曲とせざるをえないし、弟泰行が抜けたのも「もう兄にエロい歌を無理やり歌わされたくない」という理由だった、と今でも信じている。

それにしても「流星のイレズミをまぶたに刻め/袂を分かつ野良の虹」というサビの意味は分からないけれど、サウンドのさわやかさと相まった切れの良さにはしびれる。

初出はインディーズ1stシングル「キリンジ」(1997.5)。メジャー1stアルバム「ペイパードライヴァーズミュージック」(1998.10)所収。作詞作曲は兄・高樹。

 

2.水とテクノクラート

小室哲哉全盛時代。誰にでも口ずさめる=認識できること。ペンタトニックの3音か5音とシンコペーションを使った、死ぬほど退屈なワンパターンの音楽が蔓延していた。

この曲が登場したのは、そんな時代だったのである。

YouTubeのコメントに「どんな曲でも一度聴けば覚えたという滝廉太郎に聴かせたい(笑)」と書かれているけど、ほんとそうなんだよね。

小室のおざなりな曲の対極にある「凝りすぎてて何回聞いても覚えられねえから絶対に売れねえけど、俺たちが聞きたかったのはこういう音楽なんだよ!」と叫びたくなるキリンジの登場だった。砂漠に水が染み込むように渇望して聞いたものだった。

なお、曲中の「合間縫う腑に落ちないミュージック」とは、個人的にglobeの「Can't Stop Fallin' in Love」ではないかと思っている。

インディーズ2ndシングル「冬のオルカ」(1997.11)所収。作詞作曲は兄・高樹。

 

3.牡牛座ラプソディ

全編意味の分からない歌詞を、歌とサウンドで押し切ってしまう名曲。赤いシャツのバッファロー! 2ndアルバム「47'45''」(1999.7)所収。作詞は兄・高樹、作曲は弟・泰行という共作。

 

4.むすんでひらいて

いまはなき江古田プアハウスでMVが撮られた「グッデイ・グッバイ」もいいが、あえてこちらを。キリンジには明るいナンセンスだけでなく、暗いナンセンスな曲もある。

「むすんでひらいて」は、僧侶の読経のような気味の悪いトランス状態にもっていくところがいい。3rdアルバム「3」(2000.11)所収。作詞作曲は弟・泰行。

むすんでひらいて回る/草木も眠る未明に/浮かばれたい浮かばれたい/さぁむすんでひらいて踊ろう/指切りでついた嘘に/ララバイをララバイを/還るア・カペラ

 

5.エイリアンズ

言わずと知れたキリンジの代表的な人気曲。3rdアルバム「3」(2000.11)所収。作詞作曲は弟・泰行。

彼らが育ったという北坂戸を訪れると「あ、あれが“公団の屋根”か」「これが“バイパスの澄んだ空気”か」とか発見があるのでおすすめ。

なお、北坂戸の駅の周りは不動産物件がかなり安い。「カフェ・キリンジ」とか「キリンジ・ミュージアム」といったものを作れば、世界中からわざわざ人が集まったりするのではないかと思う。誰かやらないか!?

 

6.Drifter

こちらの作詞作曲は兄・高樹。弟の「エイリアンズ」に刺激されたのだろうか。

個人的にはキリンジで最も好きな曲。ひとつのピークを感じさせる。4thアルバム「Fine」(2001.11)所収。

 

7.奴のシャツ

5thアルバム「For Beautiful Human Life」(2003.9)所収。デビュー以来蜜月の関係だったプロデューサー冨田恵一との、とりあえず最後の作品。

ワイルドなサウンドと「遺産があればしばらくしのげる」という最低な歌詞がミスマッチな不朽の名曲。作詞作曲は兄・高樹。このアルバムでは「愛のCoda」(高樹作)もTOP10の有力候補だが、あえて悪ノリのようなこちらを選択。

「ボタンを掛け違えたまま年をとるのは恥ずべきことだ」/親父の通夜でからまれる

 

8.セレーネのセレナーデ

正直、冨田恵一がプロデュースを外れた後の6thアルバム「DODECAGON」(2006.10)と7thアルバム「7-seven-」(2008.3)、8thアルバム「BUOYANCY」(2010.9)から曲を選ぶのは難しい。

一曲一曲を聞くと、やはり彼らの味わいというものがある。一方で、いまひとつ焦点が合っていないというのか。ただ、この理由は冨田さんの不在だけではないと思う。レーベル移籍とか、リーマンショック(2008.9)前後の不穏さとか。

その中で、「BUOYANCY」所収の「セレーネのセレナーデ」は、いわゆるポップス的な型にはまらずに、彼らのよさであるメロディーや歌、サウンドを組み合わせて8分近くに構成するという異色の曲で、彼らの偉業のひとつに数えていいと思う。

 

9.今日の歌

この曲が入った9thアルバム「SUPER VIEW」(2012.11)のリリース直後に、弟泰行の脱退が発表された。

久しぶりに冨田恵一氏がストリングスの編曲で参加した「早春」あり、原発事故をテーマにした「祈れ呪うな」ありとバラエティに富んだ選曲だが、すでに脱退が決まって振り切れたところもあったのではないか。

すでにキリンジで最も好きな曲として「Drifter」を挙げたけれど、この「今日の歌」も捨てがたい。泰行の声は枯れかけているが、力が抜けてやさしさに満ちている。

震災で被害に遭った人たちへの寄り添いの気持ちもあったのだろうが、自分自身がキリンジとしてやりつくしたという感じもあったに違いない。そういう意味では「キリンジ総決算の一曲」と言えるのではないかと思う。

手を離すな/心を寄せあって騒げ/宴の声よ/寄る辺なき日々も/見つけるだろう/忘れた夢が残した/道しるべ

 

10.いつも可愛い

そんなふうに「ナイーヴな人」泰行が脱退するというのに、兄高樹はくびきから解き放たれたようにエロ路線を直進する。

弟が歌わないのなら自分でとばかりに、同じ「SUPER VIEW」の中で「いつも可愛い」を連発する。それを最低というか最高というか、人によるのかもしれない。

 

弟は次の10thアルバム「Ten」(2013.3)を最後に脱退する。

以上がキリンジの私選TOP10だが、この流れを見れば、兄弟時代のアルバムに限られてしまったのは仕方ないと許してもらえるだろうか。なお、兄は「Ten」で弟に「ナイーヴな人々」という歌を贈っている。…あ、実際に贈っているかどうかは知らないが、贈っているとしか思えない名曲だ。

弟脱退後の「KIRINJI」のTOP10は別途作成しようと思う。