合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

プーランク「六重奏曲」をコンサートホール以外で演奏する試み

クラシック音楽をカッコよく撮る方法について、とりとめもなく考えてきたのだか、不図したことで面白い動画に出会った。

曲はフランシス・プーランクの「六重奏曲」である。ピアノと4本の木管楽器(フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット)、それにホルンを加えた6人で演奏する曲だ。

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プーランクらしく、リズミカルな疾走あり、美しい歌ありの3曲構成で、個人的にも10代の終わりころには、若きレナード・バーンスタインがピアノを弾いたアナログレコードを繰り返し聴いたものだ。

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「村上春樹」で売り出せるのは強い

権威主義的な人(笑)のために書き添えておくと、村上春樹の名エッセイ集『意味がなければスイングはない』には、「日曜日の朝のフランシス・プーランク」という印象的な章がある。

「詩を歌に移し替えることは、愛の行為であって、便宜的な婚姻ではない」(F.Poulenc)

要するに、村上春樹も大好きな作曲家! 日本市場ならこれで売上倍増は間違いない。『1Q84』のおかげで、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」が売れたくらいの国なのだから。やれやれ。

プーランクは歌曲もピアノ独奏も、室内楽もオーケストラもいい。個人的に六重奏曲とともに愛聴していたのは歌曲で、「Hotel」とか「C」といった歌は本当に素晴らしい。

「Hotel」はギヨーム・アポリネールの「日の光でタバコに火をつけよう/働きたくない/タバコが吸いたい」という内容の詩に、プーランクが気だるいというか、幻想的なピアノ伴奏をつけた、いわば日本の2000年代の「働いたら負け」を先取りした1940年の作品である。

もっとカジュアルにやればいいのに

で、話を「六重奏曲」に戻すと、一般的な動画はやはり演奏会の様子をそのまま撮ったものが多い。ほとんどの奏者が椅子に座ったものだ。

下の動画はとてもいい演奏だが、オーソドックスなクラシック音楽の演奏会のスタイルで、やや堅い印象を与える。村上春樹が書いたように「日曜日の朝のフランシス・プーランク」っぽくやればいいのに。

2013年のBBC「Proms」動画は、音楽祭だけあって管楽器奏者が立ったままで演奏する変則的なスタイルだ。この方が奏者の動きが見えて親しみやすい。再生数も4.2万回とよく見られている。

ただ、惜しいのは、こんな楽しい曲――みなさんにはそう思えないかもしれないが――なのに、奏者が堅苦しい服装をしているのだ。いいじゃないか、もっとカジュアルで。

そんなことを考えながら動画を片っ端からチェックしていると、これまでのスタイルを完全に打破した動画を発見した。管楽器奏者は立ったまま、服装もカジュアル。そして演奏する場所も、なんと工場の一角だ!

思い切ってアップライトにしたところは英断

一人ひとりの演奏も、リラックスして自由だ。東洋系の太めの男性が吹くクラリネットが、ところどころファンキーな節回しで歌うところが面白い(ルックス的な理由か、あまり動画では抜かれていないが)。

ホルン奏者の背景に、窓の夕陽か、工場の白熱電球があって、人が動くたびに見え隠れするところも、曲の印象とあいまって効果的だ。複数の奏者が映っているところで絞りをかけて、後ろの人をぼやかしているカットもあった。

奏者が機械と一緒に映っているカットなどもあり、ミスマッチだが楽しめる。鎖のようなものだけが映っているカットもあった。まるで小津安二郎の「晩春」の壺のカットではないか(違)

この曲を本格的に演奏しようと思えば、ピアノはグランドピアノにするのが王道だろう。しかしこの動画では、アップライト(縦型)のピアノを使っている。プロにとっては許せないかもしれないが、多くの聴衆にとって致命的な問題ではないだろう。英断だ。

ということで、この動画は十分に研究対象となりそうだ。

おまけ。コンサートホール外での演奏は、シェーンベルクの「セレナーデ」を戸外でやった動画もあって、こちらはカットの工夫も何もないのだが、曲の感じと場所のミスマッチということでは、かなりインパクトがあるので最後に付け加えておこう。(鳥が鳴いているところが最高)