合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

キリンジの「冠水橋」を見に行く

先日、2週間の試験期間を坂戸のアパートで過ごした次女が、最終日に喉が痛くなったというので、そのまま閉じこもってもらい、朝から大量の食料と水、それから着替えやお菓子や現金などを渡しにいった。そこでふと、自分にも坂戸に用事があったことを思い出した。

6月にKirinji(といってもいまは堀込高樹ひとり)がインスタライブをしていて、双方向の試みとばかりに視聴者からリクエストをとっていたのだが、自分の曲なのにコードが複雑すぎて全然弾けないという場面があった。そのとき、何かブツブツと言い訳をしていた高樹さんが「冠水橋とか…」とつぶやいたのが耳に残った。

「冠水橋」は兄弟で一緒にやっていたころのキリンジのマイナーな歌で、2004年の「14時過ぎのカゲロウ」のB面に入っていた。デビューから蜜月の関係だったプロデューサーで編曲家の冨田恵一との(いったん)最後の仕事となった。

翌2005年には弟泰行のソロプロジェクト「馬の骨」が始まって、後に小説家のペンネームの由来にもなった「燃え殻」という名曲を出し、

兄高樹も解き放たれたように、全編変態一色の傑作ソロアルバム「Home Ground」をリリースする(いま考えれば「冬来たりなば」もアルバム名も意味深なんだけど)。

冨田さん、僕ら、そろそろやり方変えようと思うんですわ――。そんな会話があったんじゃないだろうか。活動の折り返しを感じさせる「冠水橋」は意味深な歌詞で始まる。

川底に身を潜め/濁流をやり過ごす/長い雨を抜けた朝ならば/水に浅く沈んで/冠水橋はゆらゆらと輝く

さらには、当時は気づかなかったが「風向きが今、変わった」「夢は果てなく/すべてが移ろう/そして思い出す/今日の日を」なんて歌詞もあった。

YouTubeのコメントには「こんな曲、完璧なまでに世の中では売れるはずがない」とある。御意。そして他のコメントを見ると「この曲聴きながら坂戸の島田橋へドライブに行きたいな!」とあるではないか。

そこで検索して、僕の2000年代前半を支えてくれたキリンジの2人は、実は坂戸出身だということをいまさらながらに知った。「エイリアンズ」の

遥か空に航空機(ボーイング)/音もなく/公団の屋根の上/どこへ行く

は、北坂戸駅前の団地を指しているだと? 坂戸は菅野美穂しか産まなかったというのは大きな誤解だった。

公団の屋根の上とは、高層の方だろうか、それとも低層だろうか。

ということで、今日は文字通り「プールサイドは地獄より熱く」(14時過ぎのカゲロウ)の時間帯に合わせて、島田橋に自転車で行ってみた。URの団地群を抜けて国道407号線を渡る。

おお、この先に「バイパスの澄んだ空気と僕の町」(エイリアンズ)と歌われたバイパスがあるんだな。

交差点を脇に入り、細い路地をまっすぐに進む。長屋門を構える立派な家が何軒も建っている。江戸時代から栄えていたのだろうか。川の水かさが増したときには馬も船も通れず、宿場で何日か足止めを食らうこともあったのかもしれない(憶測)。

後から調べて分かったのだが、こんな細い道が「旧川越児玉往還」と呼ばれているのだそうだ。

土手の上り口にお地蔵さんがたくさん立っていた。看板には「この先島田橋 河川増水時通行止」とある。

土手を上がると、草いきれの向こうにその橋はあった。

なかなか立派な木造建築物だ。こちら岸とあちら岸に車が一台ずつ停まって風情を著しく害している。これがなかったら時代を超越した風景になったのに。実際、時代劇などのロケに使われていることもあるそうだ。

島田橋を実際に見てみると興味深いのは、橋を支えるつっかえ棒があるのが上流側だけで、下流側にはないことだ。下流から水が上がってくることなどほぼありえないのに、これはどういうことなのだろうか?

理由はわからないが、上流から樹木などが流れてきたときに、いちおうは橋げたを守るようにはなっているものの、本気で橋本体を守る気がないのではないか。

上流側

下流側

橋が流木をせき止めてしまえば、越辺川(おっぺがわ)の水は周辺に溢れ出てしまう。いざというとき橋は水没し、場合によっては破損しても構わない。川はその上を流れていけばいい。そんなおざなりな感じがいい。

あまりの暑さに閉口して帰ろうとしたらサドルが地獄のように熱く、金玉の裏が焼けた。それにしても隔離の意味でもキリンジの聖地巡礼の意味でも、坂戸に物件を借りておいてよかった。

夕方、次女から陽性が判明したと連絡あり。友達と予定していた旅行もキャンセルしたということで本当に気の毒だ。と思ったら3日後に自分も陽性になった。うかつにモノの受け渡しなどしたからだろうか。

www.nicovideo.jp

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ニコニコ動画に野音でやった「冠水橋」の動画があった。ややテンポを落としていてレコーディングより味がある。「14時過ぎのカゲロウ」も予想以上に盛り上がっていた。キリンジ、愛されているんだなあ。

また、これも後から帰ってきてから知ったことなのだが、旧川越児玉往還を川とは反対側に2キロメートル弱進むと、坂戸市民総合運動公園プールがあり、そこが「14時過ぎのカゲロウ」の舞台だという。

世界があまりにも狭すぎる。そして個別性が普遍性を獲得した素晴らしい例である。このMVも、背景をすべて北坂戸に差し替えればよりしっくりいくことだろう。